ねこすたんぶらー

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nekonikki-takahashi:

初めて鏡を見た猫です

Q.pixivやTwitterでいくらでも発表できるのに、何故同人誌に拘るの?


A.随分ラジカルな疑問だと思いますが、こういう考えの人は多いです。
そして必ずといっていいほど絵を描いたことのない、普段見てるだけの人です。


いざ紙にする際の難しさや、本という現物になった時の喜び…なんてものを未経験者に説く気はありません。
しかし、クリエイターの端くれとして作家活動をする上で「金銭以上に作品の評価を保証するものはない」という
根源的な問題について、少し説明したいと思います。


pixivでブックマークを稼ぐ作品や、Twitterでfavを稼ぐ作品は、本当に評価されてるのでしょうか?
favもRTも点数もボタンひとつで気軽に入れられます。誰の懐も痛みません。
一方で同人誌は「面白いものを読ませて・見せてもらう対価」として身銭を切ってもらう世界です。
たとえそれが「印刷費や活動費の回収」という名目であっても、金銭を対価とすることにおいて商業との違いはありません。
むしろこれはプリミティブな形態の、商業市場の模倣だとすら思っています。


ネットで評価の高かった作品が、本で出してみたらまるっきり売れない…なんてそこら中で見る話です。
「タダで見れるから人気だった作品」と「みんながお金を出してでも見たい作品」は明確に異なります。


我々は何をもって作品の良し悪しを判断するのでしょうか?
自分でそう思うからでしょうか。人に言われるからでしょうか。ブクマされるからでしょうか。
あなたが「下手だな」と思ってる作家の殆ど全員が、自分の作品を「良い」と思ってます。
あなたの思っている作品の良し悪しの価値観を、世間の人は必ずしも共有してくれません。
作家を続けていくと必ずこういう根源的な問題に突き当たります。


その時に「誰が幾ら身銭を切ったか」以上に、この良し悪しを担保する客観的価値観がないことに気づきます。
pixivで点を入れられたり、TwitterでRTされるより何より、
「お金を出して買ってもらう」以上に、作家にとって嬉しく、また安心できることはないのです。
それはこの資本主義社会で一番大事な対価を、あろうことか自分の娯楽作品に対して支払ってくれたからです。


500円の同人誌は決して安くはないです。弁当屋で一食分の弁当が買えます。
もっとはるかにページ数が多く、クオリティの高い商業出版のコミックスだって買えます。
それをあえて自分の作品に支払って貰える、これ以上にクリエイターが
「何のために、何を目指して物を作るのか」という指標となり、原動力となるものはないと考えます。


ネット上に溢れる作品群は、ただただクリエイターの自己顕示や、あるいは善意によって公開されているもの
ばかりではありません。その世界で生きていく人は必ず「いつか誰かにお金を払ってもらうため」にやってます。
その上澄みばかりをタダで享受し続けることは、結果的に貴方自身のセンスをも麻痺させていきます。

- ニトロプラスのガイドラインに見る同人の今後 : ありすの宝箱Blog (via aoi-zero)

■高校生の頃、趣味で文芸同人誌の編集をした。僕は編集長だ。ただし、長といっても偉くはない。編集をしたのは僕一人だ。執筆を頼んだのは4人。皆頭が良さそうだったし、実際良かった。話も面白かったし、本も良く読んでいた。それで小説か、エッセイを頼んだのだ。皆、引き受けた。これで僕は編集が出来るぞと思ってウキウキした。レイアウトシートなども用意した。だが、すぐに問題が起こる。

■書かないのだ。誰も書かないのだ。一人もだよ。書くっていったのに。そんなのあるか。勿論、催促をする。いったい、いつになったら書くのか。すると皆、ハンでついたように同じ事を言うのだ。
「・・・書けない」(ため息をハァ、とつく)。

■だって打ち合わせをしたじゃないか。自信満々に内容を語ったじゃないか。ある一人などこうもいったはずだ。「もう、すべて頭の中にある。あとは書くだけさ」 でも、書かないのだ。一行も書かないのだ。なんだかんだと言い訳ばかりして結局一人も書かなかった。

■それで仲の良かったNに頼んだのだ。Nなら何とかしてくれると思ったのだ。Nは「小説などあまり読まないし、文章なども書いたことはないがまあ何とかしよう」と言い、2週間で50枚ほども書いてくれた。同人誌は、結果的にNの個人誌になったわけである。

■本が出来上がると執筆予定だった4人が現れて、Nの書いた文章をボロクソに批判した。曰く、Nの書いたものはある著名な小説家の文章に良く似ている。スタイルだけ借りた、志の無い駄作だと言うのである。

■僕は、こいつらはなんだろう、と思った。なんなんだよお前らは。

■4人の指摘は確かに当たってはいたのである。Nには書きたいモノなどなかったのだ。それはそうだ。だって僕に頼まれて仕方なく書いたのだから。だからある作家のスタイル-文体など-を借りて、内容はともかく、体裁だけはそれらしいものをと、形だけ、とにかく書いたわけである。それはまあ、僕にも分かった。

■しかしだからと言ってお前らはなんだ。

■きっとこういうことである。奴らは傑作を書こうとしたのである。 このオレ様が書くのであれば、その作品は大傑作以外にあり得ない、と鼻息も荒くだが平静を装うためコーヒーなどすすり書き始めたはずなのである。 一行書き、一枚書いてみる。 読み返す。陳腐である。おかしい。書き直す。読み返す。凡庸である。頭の中にあったときは世紀の大傑作だったものが、実際に書いてみるとコレは・・・という代物にしかならぬ。がっかりだ。こんなもの人目に晒すとバカにされてしまうかもしれない。何より自分が許せない。傷つくぞ、プライドが。悪夢である。

■で、その悪夢から逃れる素晴らしい方法があるのだ。書かなければいい。そして人の書いたぼろぼろの作品をバカにして心の平穏を取り戻すのだ。 バカ者だと思った。このばかめ。

■10年振りにNから連絡があった。小説家になれそうだというのである。ほんとかよ。夏くらいに文芸誌に短編がのるはずだ。なんと感動的な話だろう。

■最初Nには書きたいものは無かったし、書く技術もなかった。ソフトも、ハードも無かったということだ。だが必要に迫られて、ハードだけをどこかから借り受けて、ソフトの無い作品をでっちあげた。そして何作か書く内に、書きたいものが出来た。ソフトが出来たわけだ。だが、ハードはまだ借り物だ。まあでも兎に角書いてゆく。そして10年が経ち、いつの間にかハードも立派に自分製になっていた。自分の技術で、自分の言葉を書く、プロの物書きだ。おめでとう、N。

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架空畳ブログ・ジュラ記 (via perm-orange)

2011-05-03

(via quote-over100notes-jp)

Mar 9

「みんなで頑張ろう」という言葉は、字面こそいいものの、このような「目標達成に反する行動を取ったものに対する制裁の暗示」といった負の側面を持っている。特に、目標達成のインセンティブが個人に対してはほとんどなく、もっぱら達成できなかった場合のデメリットだけが目立つような場合には、「みんなで頑張ろう」は「みんなで相互監視して、裏切り者を出さないように目標を達成しよう」という側面が強くなる。日本史で五人組という制度を習ったと思うが、これと完全に一緒だ。

- 「みんなで頑張ろう」からはじまる相互監視と同調圧力 - 脱社畜ブログ (via katoyuu)

Mar 9

何かを身につけたいと思うのであれば、丁寧に、慎重に、基本を学ぶべきだ。下手なうちから独自の取り組み方をしたり、自由に伸び伸び練習したりすると、最終的に底の浅い仕上がりになってしまう。  少なくとも2年、あるいは3年、基礎を学ぶ必要がある。自分の我を通すことなく、セオリックなことを学ぶべきだと考えている。

- 勝ち続ける意志力 世界一プロ・ゲーマーの「仕事術」 (小学館101新書) / 梅原 大吾 (via highlight)

Mar 9

その上司が言うのは、よい叱り方とは

「個別で」
「厳しく」
「短く」
「一人で考えさせる時間を与える」

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叱り方を間違えていた経験 - FANTA-G - 楽天ブログ(Blog) (via hyasuura) (via 00a) (via markie) (via pcatan) (via gkojax-text)

(via ishida) (via usaginobike) (via syatoru) (via darezen) (via flatmountain) (via precall) (via glasslipids) (via yellownegi) (via toshiyam) (via ibi-s) (via pakukupa) (via fuhaku) (via swallows-aqua)

Mar 9

それは資生堂名誉会長・福原義春氏による『私は変わった 変わるように 努力したのだ』という本だった。

幸せと不幸せは必ず二人組でやって来る。
 大きな幸せが小さな不幸せを運んでくれる場合と
 小さな幸せが大きな不幸せを連れてくる場合がある。
 どっちになるかはわからないが、
 必ず一緒に来るということだけは肝に銘じておこう。
 幸運に恵まれても有頂天になってはいけない。
 不運に遭遇しても決して落胆することもない。

「この一節を読んで、すごく励まされました。それと同時に、直属の部下でもないのに、落ち込んでいる人がいたら、目配りする余裕のある上司がいる会社ってすごいなと。よくよく考えれば、いくらスピードが命のデジタルの仕事をしているからって、私は人の話を聞く余裕を失っていたなと思いましたね」

- “資生堂の母”、驚きの「捨て去る」技術 | ワーキングマザーサバイバル | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト (via clione)

Mar 9

齋藤さんの本では、日本にはそもそもチームという考え方がないと書かれていた。僕もまさにそんな気がしていて、自分が組織に入れないなと思ったのは、組織に入ると、個人で生きていかなきゃいけないと直観的に思っていた。個人である程度能力が完結していて能力のバランスがとれてないと、組織の中で生きていけないと直感的に思っていました。デジタル化だからよりチームが必要になると思っているという以前に、です。

 だから、齋藤さんの言っていることは本当にそうだなと思いました。どうやったらアウトプットが良くなるかということよりも、公平であることを、異常に日本社会は気にしていて、その結果、個人で評価するような方向になっている。

 チームごとに評価はできたとしても、それを最終的に個人レベルの成績にしにくいからなのか分からないけれど、個人で完結すること以外は評価されない仕組みになっていますよね。異常なぐらい。

- チームが機能しないと売れるものはつくれない:日経ビジネスオンライン (via clione)

Mar 9

とにかく私も親に殴られ、教師に殴られ、先輩に殴られと、本当に良く殴られましたが、人から殴られて学ぶことは一つだけです。人は自分より弱い奴しか殴れないと言うことです。

- Twitter / gohiromi44 (via toronei)

Mar 9

☆人間が行動する6つの心理学的原理

1.無意識に考えず反応してしまう返報性

2.プライドが持つ一貫性 

3.不安なとき周囲と似た行動をとる類似性

4.好意により、防御を甘くする趣向性

5.権威に疑問を持たない従属性

6.レアだと価値が上がる希少性

- 誰でも思い通りに動かす情報操作法5選 - keitaro-news (via pcatan) (via nakano) (via tambo) (via uessai-text) (via kirisaki) (via kuzu) (via to-fuya) (via gkojax-text) (via yaruo) (via ume-maki) (via edieelee) (via ibi-s) (via fuhaku) (via swallows-aqua)